
"The Artistry of Jazz" Aly Inoue Special Trio featuring Neil Swainson bass from Canada
世界的ジャズピアニスト、ジョージ・シアリングのレギュラーベーシストとして20年以上活躍し、その他ジョー・ヘンダーソン(Ts)やウッディ・ショウ(Tp)、など数々のジャズ・レジェンドと共演、録音し、世界中で演奏をしているニール・スウェインソンさんが、カナダトロントからやって来ます!
世界一流の音楽を、是非、生で体感してください!!
世界一流の音楽を、是非、生で体感してください!!
ライブ詳細
2024年 10月25日 金曜日 19:30〜(18:30 open)
Jazz Inn NEW COMBO
福岡市中央区渡辺通5丁目1-22
TEL:092-712-7809
https://newcombo.sakura.ne.jp/
チケット 前売 3,500円 / 当日 4,000円
出演:Neil Swainson bassl from Canada
井上 有 vocal、渡辺 大樹 piano
Jazz Inn NEW COMBO
福岡市中央区渡辺通5丁目1-22
TEL:092-712-7809
https://newcombo.sakura.ne.jp/
チケット 前売 3,500円 / 当日 4,000円
出演:Neil Swainson bassl from Canada
井上 有 vocal、渡辺 大樹 piano
Neil Swainson プロフィール
Neil Swainson(ニール ・スウェインソン)
1955年カナダ・ビクトリア出身のニール・スウェインソンは、今日のジャズ・シーンで最も尊敬され、熟練したベーシストの一人である。 地元ヴィクトリアでハーブ・エリス(Gt)、ソニー・スティット(As)、バーニー・ケッセル(Gt)などと共演したのち、1977年トロントに拠点を移す。1980年代よりウディ・ショウ(Tp)と共演し2枚のアルバムを制作。1989年に発表したデビューアルバム『49th Parallel』には、ショウに加え、ジョー・ヘンダーソン(Ts)も参加している。1986年よりジョージ・シアリング(P)との共演が始まり、シアリングが亡くなる2011年まで、世界各地のツアーで演奏、数多くのレコーディングに参加した。他にも、トミー・フラナガン(P)、ジェイムス・ムーディ(Ts)、リー・コニッツ(As)などのレジェンドをはじめ、メル・トーメ、ナンシー・ウィルソン、ジョー・ウィリアムス、ダイアナ・クラールなどシンガーとも多数共演し、数々の名盤を残している。
2022年、リーダーアルバム『Fire in the West』(Cellar Music)をリリースし、多くの称賛を受けている。
1955年カナダ・ビクトリア出身のニール・スウェインソンは、今日のジャズ・シーンで最も尊敬され、熟練したベーシストの一人である。 地元ヴィクトリアでハーブ・エリス(Gt)、ソニー・スティット(As)、バーニー・ケッセル(Gt)などと共演したのち、1977年トロントに拠点を移す。1980年代よりウディ・ショウ(Tp)と共演し2枚のアルバムを制作。1989年に発表したデビューアルバム『49th Parallel』には、ショウに加え、ジョー・ヘンダーソン(Ts)も参加している。1986年よりジョージ・シアリング(P)との共演が始まり、シアリングが亡くなる2011年まで、世界各地のツアーで演奏、数多くのレコーディングに参加した。他にも、トミー・フラナガン(P)、ジェイムス・ムーディ(Ts)、リー・コニッツ(As)などのレジェンドをはじめ、メル・トーメ、ナンシー・ウィルソン、ジョー・ウィリアムス、ダイアナ・クラールなどシンガーとも多数共演し、数々の名盤を残している。
2022年、リーダーアルバム『Fire in the West』(Cellar Music)をリリースし、多くの称賛を受けている。
ニールさんと私
ジャズを歌いはじめてはじめて間もないころ、たまたま見つけて買ったアルバム、アーネスティン・アンダーソンとジョージ・シアリングが共演した"A Perfect Match"は、ベスト3に入るお気に入りのCDで、何度も何度も聴いてコピーしました。
まさか、そのベーシストと共演する日が来るなんて、夢のまた夢にも思っていませんでした。
その日は、2020年1月9日でした。
関東在住(当時は長野県でした)の素晴らしいジャズピアニスト山口泰一郎さんのお誘いで、福岡でセッティングしたライブのスペシャルゲストが、ニール・スウェインソンさんだったのです!!!
え????これって、あのCDの人だよね?えええええ????
流石にビビりました(笑)
ど緊張の中、なんとかライブは終えましたが、何が起こったのか覚えていません。
そして、その後がまた奇跡の連続。
ニールさんはその後数日、福岡に滞在され何ヶ所かで演奏されていたんですが、たまたま私の家の近くに滞在されていたこともあり、連日食事の席にご一緒させてもらったり、オフの日があると聞いてレッスンをお願いしたり、数日間楽しく交流することができました。
冥土の土産だと幸せに思っていたのですが、土産はまだまだ始まったばかりでした!!
2020年といえばその後はパンデミック。国を超えて行き来することが出来なくなりました。
そんなある時、ニールさんからメールが!!
「パンデミックっで日本に行くことが出来なくなったけど、また行くから、その時は一緒に演奏して、また美味しいもの食べいいこうね!元気でね!」みたいな内容。
えー!!!世界中にファンがいるであろうに、わざわざ私にメールをくれるなんて、やさしーーー。
それから2年たち2022年にニールさんが来日することになり、今度はピアニスト野本秀一さんもご一緒できるということで、とっても楽しみにしていましたが、ヴィザの手続きがうまくいかず東京のみの滞在となり、私とのライブはキャンセルになってしまいました。
でもその時、野本さんとはレコーディングされ、野本さんの遺作となったアルバム "On Green Dolphin Street" が出来ました。
その頃、実は私もセカンドアルバムのレコーディングを計画していましたが、ベーシストが決まらず延びていました。
ニールさんの演奏に感銘を受けた野本さんが、「ニールさんに頼んでみたら?」という案を出してくださいました。
内心ドキドキしながら、レコーディングのオファーをしてみると、すぐにOKの返事をいただき、全員の都合のついた2023年3月、ちょうど春分の日にレコーディングをすることが出来ました。
アルバムの発売は、ニールさんの再来日に合わせて秋にしましたが、秋を待たず野本秀一さんが他界されてしまいました。
その頃もニールさんと連絡を取り合っていて、ニールさんは野本さんを兄弟のように親しく感じていた、とメッセージを寄せてくださいました。野本さんも、最後の願いは「ニールさんともう一回一緒に演奏したい」でした。
そして秋には、野本さんの意志を受け継いでニールさんの来日を実現させ、レコ発ライブをすることが出来ました。
ニールさんが九州に長く滞在されるようになったのは、親友のサン村田さんが呼び寄せたからです。
サン村田さんは、カナダ国籍の日本人、画家でジャズヴァイオリニストでもあります。
2020年に起こったパンデミックでカナダに帰れなくなり、大好きな熊本に住んでありました。
野本さんにニールさんを紹介したのも村田さんでした。
「この二人は絶対に親友になるよ!」その通りでした。
村田さんは私のレコ発ライブに来てくださり、「あなたの歌にはウソがない。両親に愛されて育ったんだね」と言ってくださいました。その通りです。
「あなたのCD聴いて練習しとくから、今度は一緒に演奏しようね。D♭は難しいな。E♭にしよう(笑)」
昨年、そう約束しました。
そして今年もニールさんの来日の手配をはじめた4月頃から、村田さんと連絡をとっていました。
そんなある日、熊本からの電話だったので、てっきりコンサートの企画のことだと思っていたら、「サン村田さんが交通事故で亡くなった」という、思いがけない知らせでした。
突然の知らせに大きなショックを受け、すぐに熊本に駆けつけました。
その後もニールさんや村田さんと親しいミュージシャンと連絡を取り、今年もニールさんをお迎えできることになりました。
たくさんの方々のご縁で、ニールさんと再び一緒に音楽を奏でる時間が持てることを、本当に幸運に感じています。
そしていつか、私がカナダトロントに行ける日も夢見ています。
トロントは、私が高校生の頃に英語を学びに行った思い出の場所でもあります!
まさか、そのベーシストと共演する日が来るなんて、夢のまた夢にも思っていませんでした。
その日は、2020年1月9日でした。
関東在住(当時は長野県でした)の素晴らしいジャズピアニスト山口泰一郎さんのお誘いで、福岡でセッティングしたライブのスペシャルゲストが、ニール・スウェインソンさんだったのです!!!
え????これって、あのCDの人だよね?えええええ????
流石にビビりました(笑)
ど緊張の中、なんとかライブは終えましたが、何が起こったのか覚えていません。
そして、その後がまた奇跡の連続。
ニールさんはその後数日、福岡に滞在され何ヶ所かで演奏されていたんですが、たまたま私の家の近くに滞在されていたこともあり、連日食事の席にご一緒させてもらったり、オフの日があると聞いてレッスンをお願いしたり、数日間楽しく交流することができました。
冥土の土産だと幸せに思っていたのですが、土産はまだまだ始まったばかりでした!!
2020年といえばその後はパンデミック。国を超えて行き来することが出来なくなりました。
そんなある時、ニールさんからメールが!!
「パンデミックっで日本に行くことが出来なくなったけど、また行くから、その時は一緒に演奏して、また美味しいもの食べいいこうね!元気でね!」みたいな内容。
えー!!!世界中にファンがいるであろうに、わざわざ私にメールをくれるなんて、やさしーーー。
それから2年たち2022年にニールさんが来日することになり、今度はピアニスト野本秀一さんもご一緒できるということで、とっても楽しみにしていましたが、ヴィザの手続きがうまくいかず東京のみの滞在となり、私とのライブはキャンセルになってしまいました。
でもその時、野本さんとはレコーディングされ、野本さんの遺作となったアルバム "On Green Dolphin Street" が出来ました。
その頃、実は私もセカンドアルバムのレコーディングを計画していましたが、ベーシストが決まらず延びていました。
ニールさんの演奏に感銘を受けた野本さんが、「ニールさんに頼んでみたら?」という案を出してくださいました。
内心ドキドキしながら、レコーディングのオファーをしてみると、すぐにOKの返事をいただき、全員の都合のついた2023年3月、ちょうど春分の日にレコーディングをすることが出来ました。
アルバムの発売は、ニールさんの再来日に合わせて秋にしましたが、秋を待たず野本秀一さんが他界されてしまいました。
その頃もニールさんと連絡を取り合っていて、ニールさんは野本さんを兄弟のように親しく感じていた、とメッセージを寄せてくださいました。野本さんも、最後の願いは「ニールさんともう一回一緒に演奏したい」でした。
そして秋には、野本さんの意志を受け継いでニールさんの来日を実現させ、レコ発ライブをすることが出来ました。
ニールさんが九州に長く滞在されるようになったのは、親友のサン村田さんが呼び寄せたからです。
サン村田さんは、カナダ国籍の日本人、画家でジャズヴァイオリニストでもあります。
2020年に起こったパンデミックでカナダに帰れなくなり、大好きな熊本に住んでありました。
野本さんにニールさんを紹介したのも村田さんでした。
「この二人は絶対に親友になるよ!」その通りでした。
村田さんは私のレコ発ライブに来てくださり、「あなたの歌にはウソがない。両親に愛されて育ったんだね」と言ってくださいました。その通りです。
「あなたのCD聴いて練習しとくから、今度は一緒に演奏しようね。D♭は難しいな。E♭にしよう(笑)」
昨年、そう約束しました。
そして今年もニールさんの来日の手配をはじめた4月頃から、村田さんと連絡をとっていました。
そんなある日、熊本からの電話だったので、てっきりコンサートの企画のことだと思っていたら、「サン村田さんが交通事故で亡くなった」という、思いがけない知らせでした。
突然の知らせに大きなショックを受け、すぐに熊本に駆けつけました。
その後もニールさんや村田さんと親しいミュージシャンと連絡を取り、今年もニールさんをお迎えできることになりました。
たくさんの方々のご縁で、ニールさんと再び一緒に音楽を奏でる時間が持てることを、本当に幸運に感じています。
そしていつか、私がカナダトロントに行ける日も夢見ています。
トロントは、私が高校生の頃に英語を学びに行った思い出の場所でもあります!